【この日、なんの日?】12月23日

12/23 江崎 利一

こんにちは、BONDs編集部のいがらしです。

 

「ポッキー」「プリッツ」「プッチンプリン」「パピコ」。

みなさんが、一度は口にした事がある馴染み深いお菓子ではないですか?

これらは、2017年の今年、創業95周年となる「グリコ」の商品です。

今回はそんな、誰もが知る食品メーカー「江崎グリコ」の創業者、“江崎 利一(えざきりいち)”をご紹介します。

グリコの誕生

江崎 利一は、明治15年(1882年)12月23日、佐賀県神埼郡蓮池村(現佐賀市蓮池町)に生まれました。

父と母は、江崎が生まれる二年前から薬種業を営んでいましたが、暮らしは貧しく、長男だった江崎は家事の手伝いや弟妹の子守りに明けくれる毎日でした。

 

15歳で高等小学校を卒業後は、家業の手伝いに加え塩売りなどで家計を助けていましたが、1901年、江崎が19 歳の時に父が亡くなると、弟妹をかかえた6人家族の全責任を江崎が一身に背負う立場となります。

PHP研究所 より


 

面倒見の良かった父は、近所の人の借金の保証人になっており、かなりの額の借金が残っていました。

家業の薬種業だけでは返済する事が困難な為、江崎は薬種業に加えて、書類や手紙等の代筆を行う「代書屋」や、当時流行していた葡萄酒に着目し「葡萄酒業」などを始めます。

すると、これらが大いに当たり、実業家として最初の成功をおさめるのです。

 

そうしたある日、薬の行商で訪れた有明海の近くで漁師たちが干し牡蠣作りで牡蠣を大釜で煮ていている現場に出くわします。

釜からゆで上がった牡蠣を取り出すたびにこぼれる大量の煮汁。

ふと、過去に読んだ薬業新聞の、「牡蠣には、エネルギーを貯蔵し人間の活動に欠かせない成分である”グリコーゲン“という栄養素が多く含まれている」という記事を思い出します。

この煮汁にも栄養素が含まれているのでは?と考え、漁師に煮汁を分けてもらい、九州帝国大学付属医院に分析を依頼すると、多量のグリコーゲンが含まれているほか、カルシウムや鉄分も含まれていることが判明。

このグリコーゲンを使って、何か社会に貢献できないかと考えます。

 

そんな矢先、江崎の長男が腸チフスにかかり、衰弱して食事も喉を通らない状態になってしまいます。

江崎は医者と相談し、長男に牡蠣エキスを与えたところ、少しずつ体力を回復し病から復活することができたのです。

このことをきっかけに、江崎は、グリコーゲンを使って子供たちが元気に健康になる事業を行おうと決意。

「予防こそ治療に勝る」と考え、子供がよろこぶキャラメルにグリコーゲンを入れる事にしました。

そして、大正10年(1921年)、“栄養菓子”を誕生させます。

名前はグリコーゲンから「グリコ」と名づけました。

 

トレードマークは、神社でかけっこをしていた子供たちがゴールする際に両手を高々と上げている姿を見てひらめきました。

また、商品の特徴を端的に伝えるキャッチフレーズが必要と考え「一粒300 メートル」というキャッチフレーズをつけることにします。

当時佐賀で売られていた大きさをウリにした飴に「博多まで」というのがあり、それにヒントを得たとの話もありますが、実際に一粒のグリコには、成人男性が300メートル強走れるだけのカロリーが含まれていたそうです。

【発売当初のグリコ】

江崎グリコ より


グリコのこだわり

1921年39歳の時、江崎は家族と共に大阪へ移り住み、江崎商店(現:江崎グリコ)を設立。

栄養菓子「グリコ」の試験販売を始めます。

当時、第一次世界大戦後の恐慌時期で、50社余りあったキャラメル業者が10社あまりに激減、大手の2社(森永、明治)が快進撃を続けていた中、キャラメルではなく“栄養菓子”という差別化を図ったものの「グリコ」は全く売れませんでした。

 

そこで、売れる為には製品の威信を高める必要があると考え、当時最も信頼のあった大阪の三越百貨店に置いてもらう交渉を行います。

いくら商品に自信があっても、知名度もない会社の商品を簡単には置いてもらえません。

断られても断られても足を運び、決して諦めない江崎の情熱に、ついに三越での取扱いが認められるのです。

その事をとても喜んだ江崎は、グリコが初めて三越に並んだ日(1922 年2月11 日)を社の創立記念日と定めました。

 

三越の取扱いを機に取扱店は拡大していきますが、同時に販売促進の為に様々な工夫もしました。

風味袋(試食サンプル)を置き実際に試食してもらったり、無人の販売器を設置し、代金の支払いはお客さんの公徳心に任せる販売方法を試したりもしました。

江崎グリコ より


また、子どもにとって食べることと遊ぶことは二大天職であるという考えの元、知識と情操を育むおもちゃを提供することにし、1927年には、日本発の食玩となる「おまけ付きグリコ」を発売し大ヒット商品となります。

グリコのひみつ

1933年には、グリコに続き、酵母入りビスケットの「ビスコ」を発売。

こちらも大ヒット商品となり、江崎商店は製菓会社として大きく成長していきました。

その後、第二次世界大戦時には、空襲により大阪工場と東京工場が全焼し、資産も含め壊滅的な打撃を受けましたが、60代の江崎は会社を何とか立て直し、製品面では様々なヒット商品を世に送り出しました。

 

1973年に91歳で社長を退任しても会長として仕事を続け、一生涯、商売道に邁進しました。

特に“広告は資産”と考えるなど、マーケティングに関しては先進的で、当時はまだマーケティングという概念があまりなかった時代に、独自の調査を実施し商品の宣伝販売に活かしていたといいます。

 

因みに、最初に書いたグリコの商品、「ポッキー」「プリッツ」「プッチンプリン」「パピコ」。

何か気が付きませんか?

全て、パピプペポという「P音」が商品名に入っているのです。

他にも、「パナップ」「カプリコ」「プレミオ」などなど。

これは、単なる偶然ではなく、戦略的にP音をネーミングに入れることによって、商品名を口にしたり耳にしたりする度に、消費者にお菓子を口先で咀嚼する動作を潜在的に思い起こさせる工夫をしているのだそうです。

また、パ行のような破裂音は響きがよく、耳に残り、明るいイメージがあることから、子供に好かれる音とも言われ、グリコはメーカーを通して積極的にP音を商品名に用いているそうです。

大人グリコ

そんなP音戦略の筆頭商品「パピコ」。

最近、大人向けパピコが発売されているのをご存じでしたか?

今は、期間限定商品として、“大人の生チョコ”、“大人の抹茶生チョコラテ”、“大人のメロン”、“大人の濃い苺”がありますが、今回は編集部女子メンバー4人で、大人の抹茶生チョコラテを試食してみました。

 

<商品説明>石臼挽き西尾産抹茶使用。 抹茶と玉露の深い香りと味わいが楽しめます。

 

今でも好きでよく食べるというメンバーもいましたが、久しぶりに食べるというメンバーが殆どです。

懐かしい~という声がいっぱいの中、みんなで一口。

 

・名前通り、抹茶ラテのシャーベット。

・マイルドな味で美味しい。

・チョコの風味はあまりしない気が?

・意外と甘さがあるね~。

 

なめらかで美味しいですが、“大人の”としているのであれば、もうちょっと振り切って抹茶の味を濃くして苦味を出してもよかったんじゃないかな~と。

そして、やっぱり“チュウ”っと吸って食べるこの形に抵抗があるとも。

 

<BONDs編集部の感想まとめ>

味は、もう少し攻めて欲しい!

そしてこの形じゃないパピコを作ってくれたら、大人がもっと食べるかも~。

グリコさん、機会があれば検討ください。

グリコのおまけ

12月23日生まれの偉人という事で、江崎利一をご紹介しました。

グリコのお菓子、仕事のおともによくお世話になっています。

これからも、美味しいお菓子よろしくお願いします!

 

おまけ。

実は私も、12月23日生まれです。

 

いがらし