【まちみら】まちライブラリー/礒井純充さんインタビュー 前編

今回ご紹介させていただくのは、海外を含む全国約460ヶ所で展開している『まちライブラリー』。

 

掲載の写真は、見学させていただいた『まちライブラリー@千歳タウンプラザ』。

とてもゆったりとした居心地の良い空間で、学生からご年配の方まで、幅広い世代の方たちが利用されていました。

 

まちライブラリーのコンセプトは「みんなで育てるライブラリー」。

置かれている本は、基本的に会員である市民の皆さんが持ち寄ったもの。

そして、すべての本に取り付けられているメッセージカードには寄贈者情報や寄贈者からのメッセージが記入され、次に読んだ人も感想が書き込めるようになっています。

また、共通の興味や関心を持った人を集めたイベントやワークショップを開催し交流を深めているようです。

このような本を介した人と人の繋がりが生まれる仕組みがとても特徴的なまちライブラリー。SNSなどネットを介した繋がりが主流の現代において、あえてリアルな場(ライブラリー)で本を介した繋がりが生まれる。自宅でも学校・会社でもない、何かサードプレイス的な空間とその仕組みにとても期待感を抱きました。

そこで、「まちライブラリー」についてさらに理解を深めるため、まちライブラリー提唱者の礒井 純充さんに詳しいお話を伺ってきました。

前編では、創設したきっかけと、コミュニティについてお話いただきました。

[ まちライブラリー提唱者 ]
礒井 純充 ISOI YOSHIMITSU

まちライブラリー提唱者、森記念財団普及啓発部長、大阪府立大学観光産業戦略研究所所長補佐、客員研究員。1981年に森ビル株式会社に入社し、1987年より社会人教育機関「アーク都市塾」の立ち上げに携わる。その後2003年より「六本木アカデミーヒルズ」を開設するなど様々な文化活動に従事。2010年より「まち塾@まちライブラリー」を提唱。大阪、東京をはじめ全国460ヶ所以上で展開。

まず、まちライブラリーを始められたきっかけについて聞かせてください。

───きっかけは自分探しの旅

どこが本当の始まりだったのか正直分からなくなっているのですが、きっかけは自分探しの旅だったと思います。自分の挫折を乗り越えるために、何かもっと生きていくうえでの役割をみつけられないだろうかということが、本当のきっかけだったと思うんですよね。

 

 ───自分の作品になりきれない虚しさ

森ビルでは、創業者の教育文化事業「アーク都市塾」から六本ヒルズにある六本木アカデミーヒルズまで約18年間立ち上げから運営に携わってきたのですが、ある時組織異動で離れることになったんです。組織人として一生懸命取り組み、それなりに達成感もあり自分の作品だと思っていた。しかし結果的に成果は自分に属するものではなく、組織のものだという不文律があるわけです。そこにとても虚しさを感じたのです。

平均年齢まで生きるとしたらずっと組織人でいるわけではないので、組織を離れても自分の生涯のライフワークだというものを見つけたいという気持ちがずっと根底にありました。

 

───自分が作り上げてきたものと、反対の方向

そこで、今まで自分が作り上げてきたものと、全く反対の方向に歩いてみようと思ったんです。

六本木アカデミーヒルズの前進の「アーク都市塾」がスタートした当初は僕も29歳と若くて一生懸命。来場される人たちも僕より世代が少し上の人、指導する先生も今の僕ぐらい。そういう人たちが一生懸命一体となってやっていた。ある意味ですごくヒューマンタッチな泥臭い仕事だったと思うんです。

しかし規模が大きくなっていくほどに形式的な形やシステム的な力に頼ろうとするわけです。そうなってきたとき、何を一番失ったかというと、人との関係性です。僕の言葉で言えば、顔の見える関係性を失ってしまったということだと思うんです。

 

 

───一人でやれるだけのことをやる

そこで反対の方向に行くにはどうしたらいいかということで考えたのは、まず一人でやれることをやらなければ、自分の作品にはならないんだということでした。僕はここに結構こだわった。僕が一人でできる歩み方をしなければ、現代の大きな社会のシステムの中で無力感を持っているたくさんの人は誰も歩き出そうとしないだろうと。組織でやるのではなく、自分の力で何ができるかという実証実験に入ったわけです。

 

そこからはひたすら自分探しです。自分の存在感を無にしてしまったという、一つの敗北感をどうやったらもう一度取り戻せるかと。そのためにはまず自分一人でやるしかないのだと。とにかく自分でやれることをミクロにやっていくんだと。

要するに、今までの会社だとか、組織だとか、資金だとか、自らの力の外にあるものを当てにしないで、やれるだけのことをやっていく。これが、まちライブラリーを始めたきかっけでした。 

礒井さんにとってコミュニティとはどんなものなのでしょうか

───コミュニティをビジネススキームで考えていた

まちライブラリー始めるちょっと前に考えていたことは、スターバックスのようなフランチャイジーシステムにしてみてはとか、またワーキングスペースのようにして収益性を取ればいいのではとか、そういうビジネススキームで考えていたんです。

でも、これはいくら考えても成立しないんです。成立しない理由はコミュニティそのものが経済合理性の外にあるから。 

 

それは家族関係を経済合理性で測れないのと同じなんです。息子・娘にこれだけ投資したんだから、ROEはこのぐらい返してこいよと言うのと同じだから。普通の親ならそんなことは誰もしない。

それを自分の家族にはできないのに自分の外では要求するのが、コミュニケーションビジネスなんです。だから間違っていたんですよ。いくらやっても解けない。実数と虚数の世界があって方程式が違うんです。

───みんなのための、まちライブラリーへ

そのことに気づいたのは、“友廣さん”という若者に出会った時です。
僕はまちライブラリーを現在の価値より将来価値を上げる為にやろうとしていた。しかし、“友廣さん”は目の前の人たちのことだけを考える生き方をしていた。僕の考え方は、方程式の解き方が全く間違っていたと、気づいたわけです。自分のためにまちライブラリーをやろうとしていた事は、大きな間違いなのだと。

 

───真逆の中で生まれたメッセージカード

その後は、いろんなものが見えてきました。今までの六本木アカデミーヒルズのやり方とは真逆に、ダウンサイジングで始めてみようと。自分の感覚と自分の使っていいお小遣い程度のことでやれることを手探りでやってみようと。

すると、お金がないということは、当然本も買えない、場所も借りられないわけですね。それならば、本を買う代わりに寄贈してもらえばいんだと。さらに、ただ単に本をもらっていくだけだと図書室にしかならないので、寄贈者情報や寄贈者からのメッセージが記入されていて、次に読んだ人も感想を書き込めるメッセージカードをつけたんです。当初はみんな反対していた。基本的には面倒くさいから、誰も書かないのではと。

 

───コミュニティは必要なストレス

メッセージカードを積極的に記入される方はいますが、決して強制はしていません。

コミュニティというのは煩わしさや否定的な側面もあると思うんです。でも、やはり一人では人間って生きていけないということに気が付き、自分が誰かに頼りにされているとか、そういう自分が誰かと作用関係にない限り、自分の存在が無に近いものになってしまう。そうなると人間の心は最後には腐っていってしまう。その心を枯らさないためにも、コミュニティというある程度のストレスは必要なんだと思いました。

そのストレスを作るためにも、本の寄贈や感想を書き込めるようなメッセージカード、またイベントをやるということもありなのではないかとね。コミュニティに参加するという土俵を作りたかったんです。 

 

<本件に関するお問い合わせ先>

株式会社DGコミュニケーションズ まちの未来デザインユニット

mail:machimira@dg-c.co.jp

まちの未来デザインユニットについて詳しくはこちら